(県指定)

木造僧形坐像

ヒノキ材、寄木造り、玉眼 嵌入、彩色仕上げ、像高四二・一センチ、像容は頭部円頂、下衣の上に法衣を着け、袈裟を右肩、偏袒右肩に着けその端は左胸に環をつけて背部からの紐で吊り、左腕の肘にかけている。禅定印を結び曲彔のような椅子の畳座に結跏跌坐する。両袖と衣の裾を正面に垂らしています。顔には壮年から初老の相が写実的に表わされ、像主の謹厳な性格を感じとることができる。衣の垂下部の裏面に「院廣」の刻銘があり、この像が平安時代後期の院助(仏師覚助の子、仏師長勢の弟子といわれている)以来の伝統をもつ京都仏師の一派(名の院字を冠するので院派と呼ばれる)に属する仏師の作だということがわかる。院廣の作品は他に数例その所在が確認されており「岩清水八幡宮記録」などの記録から足利尊氏の庇護を受けた仏師だったことがわかり、当時の関東地方への展開をめざした院派の禅宗寺院の造像の一端を示す作品として重要な意味を持っている。
(旧東光寺、勝浦市教育委員会、所有者、応徳寺)







(県指定)

木造地蔵菩薩立像

像高八十八センチ、ヒノキ材一本造りで躰部背面から長方形に内刳りを施し、薄い背板を添えてある。背板の内面に次の墨書銘が判読される。


奉造立地蔵菩薩像一躰
檀那□所造宿願加眠成所者爲往生極(楽)也
建長三年 辛(亥)六月廿五日
佛師定阿弥佛敬白

彫眼で瞳は墨塗り、両足を現在欠いているが保存はよく仏像の出来もよい。建長三年(1251)銘文どおり鎌倉期の仏像で千葉県内基準作として貴重である。夷隅地方中世仏教史の資料として、また価値が高い。



(市指定)

木造地蔵菩薩半跏像

像高(台座との総高)八十四センチ、カヤ材で台座とも一木造り、半跏踏下げの姿(多く延命地蔵と呼ばれている)。内刳りがあり、その胎内に次の墨書銘がある。
奉造□□尊□□
仏師源国吉
檀那一結念佛衆廿九人
現世安穏後生善處也敬白
建武四年丁丑十月十一日
彫眼で瞳を墨で描く。保存は良好で建武四年(一三三七)在銘の南北朝仏像として価値が高く、貴重な中世仏教史資料である。